かつて漢民族たちは暖暖や平渓を開墾し、大菁(藍)を植えました。同時に、樟脳づくりを主な生業としていました。暖暖から十分寮まで徐々に道路が形成され、これが今日の暖東旧道の雛型となっています。
暖東旧道は修繕された後も昔ながらの雰囲気を残しており、道路の途中にはいくつもの小さな土地公廟が見られます。歩道を五分山稜線まで登っていくと、200年あまりの歴史をもつ「嶺頭福徳宮」という石を積み重ねた土地公廟に到着します。ここが暖東旧道の終点であり、行楽客の方はここから折り返して、起点に戻ります。または、続けて五分山歩道を歩くと「新平渓煤鉱博物園区」を見学することができます。ここでは台湾の炭鉱の歴史に関する文物が保存されており、かつての輝かしい炭鉱採掘の歴史に触れられます。
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